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[C3]

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが読んだら どんなに喜ぶでしょう。 苦しみながら訳した甲斐がありました、

[C9]

すみません、涙が出てきました。買って読んでみます。

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「戦争は女の顔をしていない」

戦争は女の顔をしていない戦争は女の顔をしていない
(2008/07)
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ

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 上京中に読了。訳者の三浦みどりは、アンナ・ポリトコフスカヤ(故人)の「チェチェン やめられない戦争」を訳した方です。
 思考をまとめ、感想を書こうと思うまで、時間がかかりました。
 長くなってしまいましたが、気合を入れて(空回り気味に)書いてみましたので、ご一読のほどを。読みにくかったらごめんなさい。


「『幸せって何か』と聞かれるんですか? 私はこう答えるの。殺された人ばっかりが横たわっている中に生きている人が見つかること……」
                               アンナ・イワーノヴナ・ベリャイ 看護婦


 ここ数年でもっとも衝撃を受けた一冊となりました。第一印象はとにかくすさまじい、の一言。しかし、それだけではかたりつくせない、言葉に出来ない情念がこの本には詰まっています。はちきれんほどに。
 自分も読書中、自然に何度か胸が苦しくなり、目をきつくとじました。

 本書は、第二次世界大戦中、ソ連軍に従軍した女性たちの膨大な数のインタビューを集めたものです。ちなみに、ソ連の従軍女性たちの数は100万以上。単純に考えて、100個師団前後の人員となります。
 彼女たちの階級や兵科はさまざまです。多くは看護指導員や看護婦の名で医療任務に当たったようですが、狙撃兵や戦車兵、騎兵、車両整備員、従軍記者、高射砲兵、そしてパルチザン。男たちの集団であるはずの軍隊のほぼ全域に、彼女たちの存在は浸透していたということです。
 そして、それゆえに彼女たちの体験は、「生々しい」といった表現を通り越すほどに、凄惨で鮮烈です。

 
 開戦を知って召集令状を手に入れ、狙撃兵として従軍し、戦場で夫を得て、戦争から帰ってきたときには21歳で白髪になってしまった少女。 
「どうしても死にたくなかった。そりゃ、軍隊で宣誓したわ、『必要ならば命も投げ出す』って。でも、どうしても死にたくない。生きて帰っても心はいつまでも病んでいる。今だったら、足とか手を汚したほうがいいと思うね。心の痛みはとてもつらいの。私たち、まったく子供のうちに戦場にいったんだから。子娘で。戦争中の瀬が伸びたほど。母が計ってくれたけど10センチも伸びたわ」

 疎開途中に親元をこっそり逃げ出して、途中で知り合った友達と一緒に看護兵として従軍、自分か献血した(血を分けた)青年兵士の死を知ってその復讐を誓い、前線への赴任を熱望し、実現させた少女。
「戦闘は激しいものでした。白兵戦です……これは本当に恐ろしい、人間がやることじゃありません。なぐりつけ、銃剣で腹や眼に突き刺し、のど元をつかみあって首をしめる。骨を折ったり、うめき声、悲鳴が渦巻いています。頭蓋骨のひびが入るのが聞こえる、割れるのが……戦争の中でも最も足るもの。人間らしいことなんて何もない」
「でも二日目になったら、眠れない。(中略)自分は殺されたかもしれないんだって。気が狂いそうにこわくなりました。突撃のあとは顔をみないほうがいいんです。だって、それはまったく別の顔ですもの」

 スペイン戦争での英雄を父に持った姉妹の少女。二人そろって従軍し、二人そろってコサック義勇軍団に。お互いに一頭ずつ馬をもらい、騎兵として戦場を駆ける。しかし、お互いが死ぬ瞬間を見るのを恐れ、あえて別れを選ぶ。
「殺すのなんていやなんです。わかるでしょう? 恨み、憎しみがあったはずなんです、なんで私たちの国にやってきたんだ、と。でも、自分が殺してしまうというのは、恐ろしいことなんです。とっても。自分で殺すのは」
「私は殺されたときにみっともなく倒れているなんてどうしてもいやだった。殺されたおんなのこをたくさんみていたわ。どろんこまみれや水の中の。そういう死に方をしたくなかったの。機銃掃射を受けたときも、殺されたくないと思うより、とにかく顔を隠したものよ。手とか。女の子はみんなそうだったと思うわ」

 夫婦で従軍し、夫の死を目撃し、現地での埋葬を拒み、家に連れ帰るためにロコフスキー元帥(!)に直訴し(!)、飛行機一機を借りてしまった女性。
「私たちには子供がいません。家は燃えてなくなりました。写真も残っていません。夫を国に連れて行けたら、お墓なりとも残ります。戦争が終わっても私の帰る場所ができます」
「同志、元帥! あなたは恋をしたことがおわりですか? わたしは夫を葬るんじゃありません。恋を葬るんです」

 オデッサで生まれ育ち、自分の村を通った師団に召集令状なしでついていき、スターリングラードで衛生指導員となり、お互いの衛生兵が遠慮なく撃ち殺され負傷者の手当てが出来ない戦況の中、一人歌を歌い、敵味方を静め、負傷者の救出に成功した少女。
「負傷者は余計に重たいの。持っている武器も運ばなくてはならないし。(中略)70キロから80キロの重さを。一回の攻撃で5回か6回。私自身は48キロしかないのに。バレリーナの軽さ。今では信じられない……」

 上に引用したエピソードは、ほんのわずかな断片に過ぎません。
 夫婦そろってT34ではなくJS2スターリン重戦車に乗り込んだ女性。
 過酷な車両整備に明け暮れ、終戦後には全身の神経がズタズタになってしまっていた少女。
 故郷から5人一緒に出征し(しかも召集令状を受けていないモグリ)、プロホロフカ戦車戦で全身が溶けた戦車兵をT34から救い出し、終戦後、ただひとり生きて帰った少女。
 ヴォロシーロフ将軍に直訴して海軍に士官として入隊、自分を男性と偽るも悲鳴でバレてしまい、しかしロシア海軍で最初の女性将校と認められた少女。
 従軍中に生理がきてしまい、びっくりしてないているところを、古参の兵隊に理由を教えてもらい安心させもらった少女。
 パルチザンとなり、家族がドイツ軍に虐殺される現場を目撃し、自らも拷問を受けた少女。
 少年兵二人とドイツ兵二人を捕虜にするも敵に包囲され、三日三晩森をさまよった挙句、情の移ってしまったドイツ兵を「少年兵では無理だ」と自らの判断で撃ち殺した女性。

 こうした苛烈な経験の中で光るのは、彼女たちがそれでも、精一杯女らしく、可憐に、普通に生きようとしたというエピソードの数々。
 時間があれば刺繍やたわいもないおしゃべりに興じたり、最初の丸刈りから少しでも髪が伸びればお互いに結いあったり、花畑を見て、「死ぬならここで死にたい」と感じたり、恋する人との結婚式に備えて、集めたシーツでドレスを作り続けたり……。
 彼女たちは、あたりまえの感性で、あたりまえでない場所にあったのです。

 ですが、こうした話が表に出てこれたのは、本書の作者がインタビューを行ったからにすぎません。なぜならばこうした従軍女性たちの肉声は、冷戦時代のソ連において、決して表にでないものだったからです。
 彼女たちにとって、戦後もまた過酷でした。そう、男ならばともかく、腕や足を失った女性と誰が結婚するのか? 過酷な従軍により、生理がとまってしまった女性と誰が結婚するのか?
 プロパガンダに満ち満ちた冷戦時代、彼女たちの、勝利や栄光とはまったく関係ない記憶は不要でした。銃後に残った女性たちでさえ、彼女たちを蔑視します。「戦場でウチのダンナとヤっていたんでしょう? このアバズレ!」
 このような空気にあっては、彼女たちが自らの人生のため、従軍経験を仲間内以外で語らなかったのは無理はありません。そしてこの本そのものも、ソ連が崩壊して初めて、出版できることになったそうです。

 この本の感想をまとめて記すことは僕には出来ません。語りたいことが多すぎるし、言葉に出来ないことが多すぎるからです。これは偉ぶった戦記でもなんでもない、彼女たちの人生の物語です。
 日本でいえば、全土が沖縄戦のような軍民混在する状況となったソ連で、「祖国を守りたい、家族を守りたい」という純粋な一心で自ら出征し(スターリンに家族のほとんどを粛清された人物さえ、そう思い、戦場に向かったというエピソードがあります)、過酷な戦場で戦い、死に、傷つき、もしくは生き残り、悲惨な記憶に心を蝕まれながらも、自らの戦場体験を語った少女だった女性たち。言葉もありません。
 オタク趣味を愛するがゆえに、「これを読んだら幻滅するんじゃないか」と思う方もいるかもしれませんが、そんなことはないと感じています。この本は、そうした観方を通り越した場所にあるからです。同様に、善や悪、正義や不義といった一方的な観念もまた、この本の前では意味を成しえません。
 しかし、それでも、いやだからこそ読後に残るのは、人間の根源たる「生きる喜び」の感情。この本が彼女たちの人生の物語であるからこそ、この世は「人が生きる」に足るものだと思わせてくれているかも、と思います。
 一人でも多くの人に読んでもらいたいと思います。いつになく真面目な書評になってしまいましたが、僕がそんなことを書こうと思うくらいの本なので。


「冬にドイツ人の捕虜が連れて行かれるのに出くわしたときのこと。(中略)。少年よ……。涙が頭の上に凍り付いている。
 私たちのことなんか眼中になくて、(パンの入った)手押し車だけを見つめている。パンだ、パン……。私はパンを一個とって半分に割ってやり、それを兵士に上げた。その子は受け取った……。受け取ったけど、信じられないの……信じられない……信じられないのよ。
 私はうれしかった……。憎むことが出来ないということがうれしかった」
                        ナタリヤ・イワノヴナ・セルゲーワ 二等兵(衛生係)
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